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昨夜の忘年会はヘベレケで…
新橋で通常の一次会(焼肉)だったのに、なぜか神田のキャバクラまで強制連行(男5人)されて、飲めないウイスキーをドボドボに流し込まれて、ぼく以外の4人は場内指名してて、なのに侠気ジャンケンに負けて、その後またなぜか中華料理でチャーハンやラーメンや餃子をたらふく食べたようで、でも記憶がなく、もうなにがなんだか平成29年…

よく考えたら、よく考えなくても、クリスマスだったんだ…

ヽ(゚д゚)ノ

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ヘミングウェイだって

(-_-).。oO(あれから7年も経つのね…)

(温尻 2010.11.16)

うんこ、踏みました。


すいません。

本当にすいません。

暗かったんです。夜道で。電灯もないところで。

むにゅっと。ええ、そうですね、踏んだ瞬間、天を仰いで

(;´Д`)ナ,ナツカシイ カンショク ダオ ママン…

まだ生後間もない感じでした。
日本語ですとこういう場合“ほやほや”と書くのでしょうか。

あたりには誰もいませんでした。しかしなんとなく得意の知らんふりをしてみました。そのくせ、靴の裏、正確にはカカトの部分(トップリフトと呼称するそうです)を地面にズルズル擦るように家まで歩きました。靴のカカトがゆうに1cmほど減るような圧をかけつつ。

でも、意外に深いんですね、靴の裏の溝って。
帰宅して玄関前で裏を見ると、目一杯詰まってました、うんこが。所狭しと。

玄関を開け、お帰りと迎えにきてくれた妻に向かって、ぼくは無表情に「うんこ踏んだ」と申し伝えましたところ、数秒後に爆笑されました。

「笑いが収まったら、綿棒10本と爪楊枝3本とビニール袋を頼む」
妻は、笑いが収まらないうちに直ちにそれらを持ってきてくれました。わが妻ながら大したものだと感心しました。

ぼくはつっかけに履き替え、玄関の外で靴の裏を間近に現認しました。全力で詰まりますね、やつら。乾坤一擲、一罰百戒です。
おまけに、臭います。たいへん臭います。なんてったって“ほやほや”ですもの。新婚さんでもここまではいきますまい。

ぼくは綿棒を使って、いえ、詳細な描写は自粛いたします。お食事中の方がおられたら申し訳ございませんから。


ヘミングウェイだって正確に表現できないと思いますよ、夜、綿棒で靴の裏のうんこほじってる人間の感情って。



やっと「M-1グランプリ2017」を観た
今田耕司が例によって一番緊張してて、銀シャリのコメントすらうまく拾えてない…という愚痴は措き、とろサーモン、ミキ、和牛の3組がファイナル進出したことに異論はない。(カミナリの採点には大いに不満が残るけど)

優勝は和牛だと思ったけど、とろサーモンのファーストラウンドの旅館ネタとかぶったのが最大の痛手だろう…。

まああの3組は本当に僅差だったので、誰が優勝してもおかしくはないかな。



そば処 港屋
食べログ■


虎ノ門ヒルズ近く、社長島耕作で何度も出てくる立ち食い蕎麦屋、いつか行こう行こうと。ようやく本日。

午後2時30分、満席かつ5人待ち(10分)。

「冷たい肉そば 870円」を食べた。美味しいんだけど、普通盛りなのに量が多い!おなかパンパン!

お洒落な店なので女性客も多いんだけど、両隣の女性は2人とも半分くらい残してた。

3時前に店を出るとき、7人待ちだった。





昨日、親不知を抜歯でアソコがビショビショ大洪水
美人女医さんに術前「いつも麻酔が効かないので」と伝えたが、「大丈夫ですよ、****麻酔ですから。ただ、痛かったら手を挙げてくださいね」と言われ、施術開始5分でイテテテ!と手を挙げたら追加麻酔をしてくれ、それでも10分後にイテテテ!となったけど、「これくらいは我慢すべきなのかな…」としばらく我慢してたけど、やはり我慢できず手を挙げたら追加麻酔を。

右下の親不知だったんだけど、1年ほど前からだろうか、右だけ顎関節症みたいになってて、術中の右外側へ親不知を外す圧力がずっとかかってて、とにかく「顎が外れないようにせんと!」とふんばった40分間で、抜歯の痛みと同じくらい右顎の筋肉痛が…

「親不知が骨に癒着してましたので骨まで削りました。かなり腫れると思いますが心配しないでください」と。

術後、インナーどころかワイシャツまで胸元が汗でビショビショ大洪水で、「大丈夫ですか?」「あい、あいおおうえす(麻酔が効いてる)」と。

術後に注意事項の用紙を渡され、「歯磨きをしない、飲酒・喫煙は禁止」と書かれていたけど、もちろん禁煙などできるわけもなく。

【閲覧注意】埋没した親知らずの抜歯シーンがマジでヤバすぎ

これを帰宅後に観たことを激しく後悔した…。



昨日も出張。そして『NARUTO -ナルト-』
岸本斉史の漫画『NARUTO -ナルト-』(カラー版)を読んでて、いま45巻あたりだけど、面白い。

電車での移動中は時間を忘れてipadで読めるので助かる。

自来也がカッコいい。


日本国内にも増して、海外では極めて人気が高く、2000年代を代表する『ドラゴンボール』の後継作品として認知されている。アニメ放映は80ヵ国以上、ライセンス商品は90ヵ国以上で販売されている。主人公のナルトは「ニューズウィーク日本版」2006年10月18日号の特集「世界が尊敬する日本人100」に漫画・アニメキャラクターとして唯一選出された。

単行本の国内累計発行部数は、2015年時点で1億4,000万部を突破している。海外では 35 以上の国と地域で発売されており、7,500万部を記録。アメリカでは900万部、欧州でも熱狂的な人気を誇り、フランスでは書籍全体の週間売上で1位になるなど、1,900万部を売り上げた。全世界では2億部を突破している(2014年時点) 。


NARUTO -ナルト- 1 (ジャンプ・コミックス)
岸本 斉史
集英社
売り上げランキング: 39,077



今日は朝から大学病院へ
3ヶ月前、右下の歯茎が炎症を。めちゃくちゃ痛い。
20日前にも再発したので、歯医者さんは「こりゃもう親不知が原因ですので、抜いちゃった方がいいですね」と。

(10年ぶりくらいかなぁ、親不知を抜くの。)

大学病院に予約を入れてくれたので、今日は診察・レントゲン・CT。抜歯は月末。

しっかし、レントゲン、CT、会計の待ち時間の長いことったら。
予想以上に高齢者が多くて、もう何を言いたいか分かると思うけど、「えーと、あの、比較的お時間に余裕のある高齢者の方々にはお茶でも飲みながらゆったりお待ち頂いて、勤労者を先に回してくれないかな…」。

(´ー`)y-~~



昨夜はファミリー食事
大阪から両親が1年ぶりに上京し、弟家族と品川付近の某ホテルで食事。

姪っ子2人の成長の早さに瞳孔拡張。

(O_O)


あー、キャッチボールしてぇ
あー、豆柴を飼いてぇ。

(´ー`)y-~~



居酒屋の近くの席に5人ほどの中年男集団がいて
めっちゃ下ネタ話してるのが聞こえてきて、「うわぁ…、周りから見るとあんなに下品で馬鹿なんや…、俺もずーーっとそうやったんか…、まじ恥ずかしいな…、もう絶対に下ネタはやめよう…」と覚悟を決めてから、そうね、もうかれこれ15年ほど経っとるね、うん…

(・∀・)バカナノ?



伸るか反るか
初めて早慶の入試問題を見たとき、「まったく分からん…。こんなのいつか解けるようになんのかな…」と。

初めて現代思想系の本を読んだとき、「まったく理解できん…。こんなのいつか理解できるようになんのかな…」と。

初めて司法*験の問題を見たとき、「はははは!こんなの永遠に解けなるわけねー!!」と。

弁*士として雇われて数年経過したとき、「独立開業なんて絶対に無理」と確信していた。

大学3年終了時点の単位取得状況から、「飛び級卒業なんて絶対に無理!」と確信していた。


問題:上記5つの文章からちょっぴり頭が悪いテヘペロなものを選ぶもよし、選ばざるもよし。






東北・北海道新幹線でグランクラス初体験
こないだ仕事で宇都宮に行ったんだけど、昼過ぎに新橋駅でチケット買おうとしたら指定席が満席でグリーン席しかなくて「ええ?東北・北海道新幹線ってそんなに混でるんだ!?けっこー本数出てんのに!?」と驚き、帰りはグランクラスしかなくて再び驚いた。

帰りなんて駅弁を買ってからチケット買ったので、「ああ…、グランクラスって軽食・おつまみ・おやつ・ドリンクが付いてるのか…」と。

でも駅弁も食べちゃったけど。おつまみ・おやつは持ち帰り。ただ、軽食のサンドウィッチは夏はヤバイと食べた。注意書きにも「軽食は持ち帰らないでください(責任はとらんぜよ)」と記載が。

あ、東北・北海道新幹線はホームに喫煙所があるのがスバラシイです。

東京駅-宇都宮駅(50分)
・自由席:4,410円
・指定席:4,930円
・グリーン席:6,470円
・グランクラス:11,610円


2015.10.18「琵琶湖の近く」

昨日は法事(13回忌)のため琵琶湖の近く。京都駅から湖西線。日帰り。

新幹線、ぼくは指定席で、弟はグリーン席。(品川-京都間で往復1万円の差)

しょっちゅう出張がある彼は、東北新幹線や北陸新幹線だとさらに上のグランクラスに乗るんだと聞かされ、ぼくはグランクラスって存在を初めて知った。

格差社会の到来だ!




UberEATS、超便利!!
林伸次飲食店がドリンクで成り立っていること

例えば、今から居酒屋や焼鳥屋さんのお客様が全員、いっさいお酒を注文するのをやめたとしますよね。ほとんどのお店が潰れてしまいます。


最近よくこの手の話題を目にする、「水だけでいいです」っての。アカンに決まってる。

が、ぼくは夕食時にアルコール摂取するという習慣がない。酔うと読書に支障をきたすから。(ここ2年はまともに読書してないけど…) 寝る前には飲むけど、夕食時には飲まない。

で、別宅では外食することになるんだけど、「水だけ」は論外として、「ウーロン茶1杯」とかも申し訳ないので、一人飯のときはまともなお店に行けない。その結果、チェーン店ばかりになる。
でもこの年齢になるとチェーン店のメシ(やコンビニ弁当)はキッツイもんがある。

そこで、こないだ友人から教えてもらったUberEATSを試してみた。
燻製カレー くんかれ 日本橋人形町店の不動の人気NO.1メニュー「全部のせカレー 880円」。

アプリでさくっと注文して、あとは配達を待つだけ。

ピンポーン。

ななななんて便利なんだーー!

配達料は一律380円。例えば日本橋まで往復することを考えると「アリエナイ」金額だ。
(ぼくの場合は一人だけど、家族で注文するなら380円はさらに負担にならないだろう。)

(・∀・)いい!

※まずはTwitterUberEATSクーポン (@UberEATS_coupon)を利用すべし。

「UberEATS」を試してみた。

【あなたはどっち?】Uber EATS vs 出前館 


明るい家族設計 2
(温尻 2011.2.14)

(子持ちの)橘玲氏ブログ「『子育て神話』から自由になるために」も面白かった。

・親は子どもを愛するけれど、子どもは親を愛するようには設計されていない。

・子どもは親の世話がなくても生きていけるように設計されている。

・核家族の極端な母子密着は危険である。

・「3歳までは母親が家庭で面倒を見るべき」という3歳児神話にはなんの根拠もない。もっと早くから保育園に子どもを預けても悪影響はない。

・共働きは、子どもの人格形成になんの障害にもならない。そればかりか、専業主婦の母親が子どもと密着するよりずっと健全だ。

・子どものために親が犠牲になることはない。「親の犠牲(こんなにやってあげたのに)」を強調すると、子どもはそれを抑圧と感じる。親は自分の人生を楽しんだほうがいい。

・「自然」な子育てとは、幼児期から同年代の子ども集団のなかに入れて、あとは放っておくことだ。ただしここで親は、どのような集団を選ぶかで子どもの人格形成にきわめて大きな影響力を行使する(アメリカに移住して公立学校に入れれば、完璧なアメリカ人の人格ができる)。

・子育てには「成功」も「失敗」もない。子どもの人生は、親には(ほとんど)どうすることもできない「運命」みたいなものだ。

もちろん私は、「親の愛情なんてどうでもいい」ということをいいたいわけではない。子どもの本性(ヒューマン・ユニヴァーサルズ)を知ったうえで、十分な愛情を注いであげればいいのではないだろうか。

親にできることなんて、ほかにはなにもないのだから。


「子どもは親を愛するようには設計されていない」

子として親を見た場合、これほど適確な言葉もないと思う。

ぼくにとって両親はものすごく大切な人たちだし、愛してもいるけれど、少なくとも「一般的に子供が親を愛するように設計」はされていないと思う。
ぼくが両親を大切に思い、愛してもいるのは、それはあの二人がぼくを完全に手放してくれているからだ。管理も支配も所有も依存もしないからだ。
「親」としてではなく、あの二人を「人」として敬愛している。

「育ててくれた」ことに対する感謝よりも、「手放してくれた」ことに対する感謝の方が遙かに大きい。
(ってか、「育ててくれた」ことに対する「感謝」ってのは自分が親になってみないと分からないんだろうと思っている)



明るい家族設計 1
(温尻 2011.2.13)

内田樹氏ブログ「父親のかなしみ」

家族を理解と共感の上には基礎づけない。
家族とはいえ他人である。何を考えているかなんか、わかるはずがない。

とりあえず私には母の考えていることも兄の考えていることも正直言うとよくわからない。娘の考えはさらにわからず、妻の思考内容に至ってはほとんど人外魔境である。

「わからない」なら家族として機能不全であると言われてしまうと、私には立つ瀬がない。
それでもそこそこ仲良く暮らしているのだから、それで「OK」ということにしてはいただけないであろうか。

父子家庭で娘を育てた経験からわかったことは、「父親」と「母親」の仕事は別のものであり、それぞれ非常にシンプルな役割演技によって構築されているということであった。

「母親」の仕事は子どもの基本的な生理的欲求を満たすこと(ご飯をきちんと食べさせる、着心地のよい服を着せる、さっぱりした暖かい布団に寝かせるなど)、子どもの非言語的「アラーム」をいちはやく受信すること、どんな場合でも子どもの味方をすること、この三点くらいである。

「父親」の仕事はもっと簡単。最終的な仕事は一つだけで、それは「子どもに乗り越えられる」ことである。

この男の支配下にいつまでもいたのでは自分の人生に「先」はない。この男の家を出て行かねば・・・と子どもに思わせればそれで「任務完了」である。

だから、「よい父親」というのがいわゆる「よい父親」ではないことが導かれる。「ものわかりのよい父親」は実は「悪い父親」なのである。否定しにくいから。「愛情深い父親」もあまりよい父親ではない。その人のもとを去りがたいから。「頭のよい父親」はさらに悪い。子どもと論争したときに、理路整然博引旁証で子どもを論破してしまうような父親はいない方がよほどましである。

それよりはやはり「あんなバカな父親のところにいたら、自分までバカになってしまう」というようなすっきりした気分にして子どもで家から出してやりたい(それについて文句を言ってはいけない。自分だってそう言って親の家から出たのである。父親がそれほどバカではなかったことに気づくのはずっと後になってからのことである)。

言い遅れたが、人類学的な意味での親の仕事とは、適当な時期が来たら子どもが「こんな家にはもういたくない」と言って新しい家族を探しに家を去るように仕向けることである。
これが「制度設計」の根幹部分である。
それができれば親としての仕事は完了。
自余のことは副次的なことにすぎない。

なまじ親のものわかりがよく、愛情深く、理解も行き届いているせいで、子どもがいつまでも家から出たがらない状態はむしろ人類学的には「機能不全」なのである。




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