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バッハ『G線上のアリア』
Air On The G String


これならぼくでも弾けるかもしれないとiPadのアプリ『FingerPiano Plus』で弾いてみたんだけどまったく指がついていかず、ぬおあああああ!!となった。

(●´ω`●)ゞ

以前、東大のオケで指揮をやってたH田くんに「じーせんじょうの」と言ったら「げー、ですよ」と訂正された。ドイツ語だと。「ああ、そうなんや」と思ったんだけど、ググったら「日本では一般には、じー、でもOK」みたいだ。

でも、やっぱり「じーすぽっと」と言葉にするのは(インテリ経営者として)憚られるので「げーすぽっと」にしようと思ってる。

のどちんこ(嘔吐すぽっと)を意味するように誤解されそうだけど、そこは勇気をもって。

( ^ω^)

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全上場企業/推定生涯賃金ランキング
全上場企業/推定生涯賃金
(順位と賃金が一部合ってないけど)

1位 スクウェアー・エニックス 5億6579万
2位 日興アセットマネジメント 5億3660万
3位 フジ・メディア 4億9980万
4位 日本テレビ 4億7187万
5位 三菱商事 4億6757万
6位 朝日放送 4億6231万
7位 TBS 4億4231万
8位 野村ホールディングス 5億1028万
9位 三井物産 4億5053万
10位 住友商事 4億4755万
11位 キーエンス 5億7351万
12位 テレビ朝日 4億3143万
13位 テレビ東京 4億2597万
14位 伊藤忠商事 4億2392万
15位 大塚ホールディングス 4億0549万
16位 三菱ケミカル 4億0109万
17位 東京海上 4億1214万
18位 JX(新日本石油・新日鉱) 4億1131万
19位 MS&AD(あいおい損保・ニッセイ同和・三井住友海上) 4億0830万
20位 NKSJ(損保ジャパン・日本興亜損保) 4億0711万
21位 三井住友フィナンシャル 4億0433万
22位 シンプレクス 5億2501万
23位 丸紅 3億9288万
24位 中部日本放送 3億9265万
25位 野村不動産 3億7628万
26位 スカパーJSAT 3億7297万
27位 毎日放送 3億8335万
28位 三井住友トラスト 3億8139万
29位 電通 4億2756万
30位 ランドビジネス 3億6292万

従業員一人当たり経常利益が多い企業ランキング(日本)

従業員一人当たりの利益、IT大手ではAppleがトップ


(モーツァルト)オーボエ協奏曲ハ長調 K.314(285d) 第1楽章 アレグロ・アペルト
Mozart Oboe Concerto (Allegro Aperto)



名言
 
ほんとうに大切な自由はただ一つ、「経済的な自由」だ。

サマセット・モーム




併給禁止原則
さいたま市職員、残業年1873時間で残業代783万円。年収1574万。

土日祝も働いてたらしい。だとしたら「残業年1873時間」というのは当たり前。むしろ少ない。

この40歳代さいたま市職員が「ほんとに優秀で、ほんとに残業1873時間」なら、年収1574万円に何の問題もない。

さいたま市職員が「ほんとに優秀」である確率がどれほどのものであるのか、ぼくは知らないけれど。

(σ・∀・)σ

以前、大分県日田市で「夫婦ともに公務員の場合は給与2割削減」という条例案の提出が検討(結果は見送り)されているというニュースをテレビで見たとき、ぼくは感心した。

その内容の是非はどうでもいい。問題はその発想の根拠。

これ、発想が「併給禁止原則」なんよね。

※併給禁止原則(一人一年金支給の原則):支給事由が異なる二つ以上の年金の受給権を有する場合は一年金のみを支給されて他の年金は支給停止すること。堀木訴訟(障害福祉年金と児童扶養手当)ね。

つまり、大分県日田市の条例案は、「公務員であることは福祉である、公務員としての給与支給は福祉給付金支給である」という発想からきている。

だから感心した。すげー発想だなと。

勘違いしないでほしいんだけど、公務員の多くが給料泥棒だと言ってるんじゃない。優秀な公務員をたくさん知ってる。

ただ、その優秀な公務員たち(特に民間企業から公務員に転職した人たち、逆に公務員から民間企業に転職した人たち)から、「民間企業も**が多いが、そんな民間企業ですら通用しない**が公務員には多い」ということも聞いている者としては、「福祉かぁ、なるほどなぁ」と妙に感心してしもたわけです。ギリシャと変わらない。

(・д・)

そうそう、前作『世紀の空売り』に比べると面白さは1/10くらいのマイケル・ルイス『ブーメラン/欧州から恐慌が返ってくる』を読んで、ギリシャがそもそも国家としての体をなしていないことに笑い、同国のユーロ加盟は完全に詐欺だなと。


第1章 アイスランド/漁師たちは投資銀行家になった
第2章 ギリシャ/公務員が民間企業の三倍の給料をとる国
第3章 アイルランド人は耐え忍ぶ
第4章 ドイツ人の秘密の本性
第5章 あなたの中の内なるギリシャ


(σ・∀・)σ

閑話休題。

国や自治体の財政難の主たる原因が公務員の給料であるとの論調が蔓延っている。たしかに全く理由がないことではない。この国では人件費がべらぼーな域に達している。
でも、根本的には、国民・市民が、収めている税金以上の(分不相応な)行政サービスを要求してることが原因。
(福祉や助成金や公共事業。んで集票のために政治家もそれを拒否できない。民主主義ってそういうもん。だから仕方ない)

そして、「**で使えない公務員を解雇して欲しい」と心から願ってるのは、他の誰でもない、同じ職場で働く「優秀な公務員たち」だ。

彼ら彼女らの「ほんとにあの**なやつら、ただ年齢が上だからというだけで能力も意欲もない**たちが多くの給料をもらってて、そのために自分たちも非難の的になって一律に減給されるこの悔しさ…」という心の叫びは想像を絶する。まあ、事実上ほとんど解雇がないような企業に勤務するサラリーマンも同じく怨嗟にry

...(・д・` )


「私より稼ぎの低い人は嫌だ…」
“高学歴・高収入”独女の後悔と不安(40歳、大手メーカー、年収800万円) 「私より稼ぎの低い人は嫌だ…」

「ランチは1000円程度の外食」って、おでの3倍も贅沢しとる!(・д・)

突出して高い「原価率50%超」、なのになぜ外食不況のなかで「回転寿司」だけが急増するのか

「TOEIC800点未満」では仕事にならない理由

「昨年秋から、英語力を条件に掲げた中途入社求人が急増しています」。

開口一番、インテリジェンスが運営する転職情報サイト「DODA」の美濃啓貴編集長はこう強調した。
同社に寄せられる「初級以上の語学力を求める」新規求人案件数は、昨年9月から12月にかけて3倍以上に増えた。英語が中心で、求めるレベルも「初級」より「上級」のほうが伸び率が高かった。
「昨年秋」が節目になった理由については、ようやく見え始めた景気回復、加速するグローバル志向、人材投資の積極化の3点を挙げた。ビジネスの現場では、即戦力の要としての英語力が問われる傾向はますます強まっているのだという。

そうした傾向は、プレジデント誌による有力366社を対象にしたアンケートの結果からも如実になった。「中途採用時、英語の能力を考慮しているか」との問いに対し、過半数の50.3%が「している」、または「していないが、今後はする予定」と回答している。


「上流vs中流vs下流」の習慣と財布の中身【1】

意外だったのは、ファストファッションやファストフードなど、デフレに強いといわれる店舗の利用頻度だ。高額商品である自動車と対照的に、低価格路線の店舗は下流ほど利用回数が多いと予想していたが、実際は上流ほど足繁く通っている。ユニクロ、マクドナルド、サイゼリヤといった、デフレ経済下の代表的な勝ち組企業の店舗により多く足を運んでいるのは、下流ではなく上流なのだ。今回の調査では、吉野家や餃子の王将でも同様の傾向が見てとれた。


(・д・)イイ!!

同【2】、同【3】


モーツァルト/アイネ・クライネ・ナハトムジーク(「セレナーデ第13番」)
Mozart " Eine kleine Nachtmusik" Allegro


※Nachtmusikは、Nacht(夜)+Musik(音楽)の合成名詞で、「小さな夜の曲」という意味。日本語では「小夜曲」と訳される。


小説に「持ってかれる」
保坂和志/試行錯誤に漂う『書き手の時間・揺れ』

小説をたちまち解釈する人がいる。そういう人はけっこう多く、明晰だとか頭がいいとか思われているが、そんなことはない。小説が解釈されて、その解釈で足りるなら、小説はその言葉の連なりである必要はなく、解釈されたその言葉でいい。

小説を解釈すること・小説を理解することは、私にはとても防衛的な態度に見える。こういうときに私は決まって小島信夫の小説を思い浮かべているのだが、小島信夫の小説は読んでいると予想もつかないどこかに連れていかれる感じがする。「持ってかれる」という言い方ならもっといい。小島信夫は今ここで何を言おうとしているのか、そんなことはろくにわからない、わからないがとにかくなんだかおもしろいから読むしかない、自分がなんでこんなことを読んでいるのかわからなくなっている、そんなことはふつう小説を読んでいて経験しない。

ところがその小説をある評論家は三十枚ほどの評論にていよくまとめた。ていよくまとめたと思っているのは評論家本人だけで、その評論はまとめにも何もなっていない。小説のはじまって五分の一くらいのところにある二段落か三段落くらいを取り上げて、あたかもそこに書かれた場面がこの小説の象徴的シーンであり、この小説のすべてはこの場面から生まれたと言いたげであり、それがこの小説のテーマであるかのように書く、その書き方が、いちおうは評論家だから、小説を読んでいない人には評論になっているような書き方になっている。つまり(「つまり」でも何でもないが、まあ、つまり)彼はせっかく小島信夫のそれを読んだのに全然持ってかれてない。そのような防衛的態度をとって持ってかれる共振を拒んだ。

読むとはどういうことか。読むとは読むのにかかった時間のあいだに、読者であった自分が進んだりどこかにズレたりすることで、その時間の響きが読んだ人に起こらなかったら読んだことにならない。

と、考えると、小説を書いた方も当然、その小説を書くのに要した時間の分だけ、前に進んだりどこかにズレたりしたはずだ。かりに小説が三〇〇ページあるとして、一ページ目と三〇〇ページ目では作者は文章が上手くなったかもしれない。

しかし一般にはそうは考えられていない。作者はいま書いている小説の外にいるという了解がきっと広く行き渡っている。作者はいま書いている小説の外にいるということは作者はいま書いている小説に影響されない。その小説の執筆に一年かかったとして、その情報は当然のことと受け入れるとしても、その一年で作者が成長したり変化したりすることはイメージされない。

しかし作者は自分がいま書いている小説に影響される。その小説と最も深くつき合っているのは作者なのだから、作者こそが最も強くいま書いている小説の影響を被る。そうでないはずがないのだが、これはものすごく複雑な作業となる。

多くの人はこんな話を聞きたくないだろう。多くの人は「よく書くにはどうすればいいのか。」ということを読みたいだろう。しかし私のいまの関心はそこにはない。そうでなければカフカと小島信夫は別のものになってしまう。ということもあるが、これは試行錯誤の問題だ。小説を固定した完成品でなく動きをやめない運動状態にさせるにはどうすればいいか。と、言いながら言っている私自身がふらふらしているのは、それがカフカと小島信夫を拠り所としつつも、いまだ完全には実現したことのない夢見られた小説だからだ。というのは本当か。私は間違いなく、カフカと小島信夫からはある瞬間、というよりずっとひんぱんに、固定しない運動状態を聞き取る。

きっとこれは制度に関わることだ。社会はそれぞれの個人を、不定形なものでなく、固定した同定可能な構成員としたがる。その人がその人である動かぬ証拠は、指紋による同定からDNAによる同定へと精密さの度を増し、生きているこっちも、「そうなんだろうな。」と、さして疑問に思わずそれら同定するものを受け入れてゆく。平たいレベルでは血液型判断もその人がその人である同定に作用する。血液型判断は実際には、その人自身を見ずにその人をあるタイプに分類するという別のことをしているのだが、信じる人たちは、「××さんは外見は豪放磊落だけど、本当は小心者なんだ。」という風にその人を見分け(たつもりにな)る。

小説の登場人物は一貫性を持っていなければならないとされている。もしその人物が一貫性を欠くのであれば、それについての説明がなければならない。そうでなければ不出来な小説とされる。小説家はそうすることで個人を同定する社会の制度を無意識に容認している。私は登場人物に一貫性を持たせること自体をいま批判しているのでなく、そういう風に書いているときに書き手がまったく感じていないはずはない窮屈さ・不自然さ・息苦しさ(の予感)のようなもののことを言っている。

書き手は書き手で、作品のはじまりから終わりまで一貫した意図を持って作品を書く、という了解に従うかぎり、書き手は一つの作品を作り上げた揺れがない人格となるだろう。これは絶対におかしい。何よりここがおかしい。




自由なんや。
こないだ仕事を終えて帰宅途中、道を歩いてるとき、「なんやろ、ここ最近感じる、人生で初めてのこの感覚は??」と考えてて、「ああ、そうか、俺、自由なんや…。なるほど、自由ってこういう感じなんやな…」と、ちょと感動した。

なんでこんな感覚になるんだろうと考えて、分かったことがある。

1.経済的に独立している。
2.誰の指揮監督下にもない。

独立当初に感じた「晴れ晴れとした感じ」から一歩進んで、事務所の経営基盤について(野垂れ死には避けられそうだという)見通しが立ったから、こんな感じになれたんだと思う。

なるほどなぁ。

(・д・)イイ!



新横綱誕生ヽ(´ー`)ノ
綱取りがかかった今場所、昨日までの日馬富士(安馬)の相撲内容は全然いいものじゃなかったけど、今日の白鵬との大一番はほんっっっっっとに「ああ、これが相撲だ」という素晴らしいものだった。

ずっと日馬富士(安馬)を応援してきた。

2012年9月23日 二場所連続全勝優勝 横綱昇進

感無量。

ヽ(´ー`)ノヽ(´ー`)ノ

ちなみに、日馬富士は今日の相撲でまた「化けた」と思う。



・2008.05.02『安馬(あま)を見よ』(PC) (携)

・2008.05.02『遠くを見つめる目。』(PC) (携)

・2008.05.25『2008.5.18 安馬 vs 若ノ鵬を見たか』(PC) (携)

・2008.12.15『安馬が大関/2008年九州場所』(PC) (携)

・2009.01.25『日馬富士の場所/大相撲初場所』(PC) (携)



ふぁんとむ of the ころっけ
めちゃくちゃ食べたい、

コロッケを。

コロッケ、ぷりーーず!!!

(・д・)コロッケ

んで、ぜーーんぜん関係ないんだけど、めちゃくちゃ観たい、ブロードウェイで『The Phantom of the Opera』を再び。

ふぁんとむ一丁っ!!

ここがNYCなら明日の夜のチケットをすぐネットで予約するのに。

劇団四季の『オペラ座の怪人』はどうだろうとyoutubeったんだけど、、ないわ…。
(『ライオン・キング』はとてもよかったんだけど)

つーわけで、DAかGY、代わりに観てきてください。

The Phantom of the Opera


lyrics



(温尻 2008.07.07)

Majestic Theatreで『The Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)』を観たことがある。
シャンデリア大移動やPhantomが地下へ向かうあの場面は評判通り楽しめるものだったけど、しかし役者がどうもイタダケナイ、そう思って観ていた。

Phantom 発声

キタ━━(゚∀゚)━━ !!

qあwせdrftgyふじぼlp

舞台俳優には、映画やテレビの俳優とは異なる才能が求められる。
舞台俳優は声が命。
声がすべてを決する。
演技なんか二の次。

観客の意識・肉体に刻み込まれるのは声だ。声の波動というか、なにかそんなもの。直接的で感応的で官能的で、分析を拒否するもの。ただひたすらに身を委ねるしかない、全身で受け止めざるをえないもの。
いい声とかうまい声とかじゃなくて、魂と欲望を鷲掴みするような声がある。
聴覚というのは五感のなかでも特別なものなのだ。

学生時代、英語演劇の役者をやったことがあり、勉強も兼ねていくつかプロの舞台を観たけど、後々にまで記憶に残るのは声だけだった。
これが映画と決定的に異なる。

※映画俳優でも「フィルムにのる声」とでもいうべきものがあり、薬師丸ひろ子、最近では池脇千鶴がそんな声の持ち主。


MajesticのPhantomはほんと凄かった。Phantomが出ている場面では前のめりに体を乗り出し、出ていない場面では深々と座席に腰を沈める。

うーむ、この舞台はPhantom演じるあの役者の声を堪能するために存在する。




名言

オーナー起業家に天才的なひらめきがあるというのは神話にすぎない。

ピーター・ドラッカー



43歳で27歳の上戸彩を…
羽生二冠、チェス王者と同時対局(チェスと将棋)

羽生ってチェスも日本1位なんだ…

イチローの凋落

最も落胆させられたのは8回のノーアウト二塁での場面でのなす術もない3球三振。彼の力の衰えを見透かしたがごとく、相手投手は彼を全く怖がらずに速球で押してきたのだ。彼とは真っ向勝負した投手が、2アウト二塁で打者にジーターを迎えた時は彼を敬遠した。作戦上、オリオールズの判断は正しいと思ったが、半面、「イチローは投手から舐められるようになった」と感じた。


...(・д・` )

HIRO@43歳、上戸彩@27歳。

.....(・д・` )

人志松本のすべらない話「ボディコンのおっさん」(宮川大輔) 



最高度CPな技能
効果が非常に大きくても要する費用があまりに大きい場合や、費用はかからないが効果も小さいという場合、「費用対効果(cost performance)が高い」とは言わない。

その効果に比して費用(コスト)が割安という場合のみ、費用対効果が高い、という。

日本で圧倒的に費用対効果が高い技能は間違いなく、英語、だ。

・効果が大きい。
就職や仕事に有利という意味だけでなく、情報収集という意味においても、この辺境の地日本では、英語習得の効果は極めて大きい。おまけに他国語は他者の言葉と思考であるがゆえに、自分のうちに他者を抱えるという点でも意味がある。

・費用が安い。
円高(例えば1ドル360円時代の留学と比較)とインターネット普及によって、英語習得の費用は著しく低くなっている。

だから費用対効果が他の技能に比して圧倒的に高い。そんなことはみんな知ってるからこそ猫も杓子も英語を勉強するんだけど、ぼくたち日本人はどうやっても英語が苦手で、その価値は高止まりしたままだ。

人的資本としてどの技能に投資すべきかと問われれば、費用対効果の観点からは、間違いなく英語ということになるだろう。

(・д・)

上では技能に限定したけど、経歴や資格も含めると、最も費用対効果が高いのは今でも「学歴」だろう。

(・д・)

さて、英語や学歴や資格に「費用対効果」という言葉が使われるのに対して、スポーツ選手や芸術家についてはそのような言葉は使われない。「スポーツ選手になることを選択する費用対効果」などというフレーズを聞いたことがない。

なぜか。

「費用(コスト)」という言葉に、「リスク」は含まれても、「特別な才能」は含まれないからだ。

以前も書いたように、受験や資格試験というのは、全て「スポーツ選手にも芸術家にもなれなかった敗者達による復活戦」にすぎない。



今後のビッグイベント
2012 夏季オリンピック@ロンドン
2013 WBC(野球)@アメリカ?
2014 冬季オリンピック@ソチ(ロシア)/FIFAワールドカップ@ブラジル
2015
2016 夏季オリンピック@リオデジャネイロ(ブラジル)
2017 WBC(野球)?
2018 冬季オリンピック@平昌(韓国)/FIFAワールドカップ@ロシア

2014と2016はブラジル祭りなのね。

(・д・)

橘玲/書評『「弱者」はなぜ救われないのか』

(・д・)

↓ウケるwwwww
<女子アナ・加藤シルビアが書いたセミの幼虫>



Swan Lake




知性/他者/愛
(温尻 2008.10.31)

内田樹氏ブログからの寄せ集め。

もし中学生たちに教えるべき「この困難な時代を生き延びるための知識」があるとすれば、それは「声の大きい」やつの言うことを信じるなということに尽くされるだろう。
風説を信じるな、メディアを信じるな、教科書を信じるな、教師を信じるな、親を信じるな、いまこう語っている私の言葉を信じるな。
このダブル・バインド状況に耐える知性を自力で研ぎ上げてゆくほかに、子どもたちが成熟し自立するため手だてはないと私は考えている。

**

その内面についていちばん想像力を及ぼすのがむずかしい人、そのひとの思考や経験の様式について、いちばん想像しにくい人のことを私たちは「他者」と呼んでいる。私たちの理解を斥け、共感を絶する絶対的な異邦人のことを「他者」と呼んでいる。
そしてそのような「他者」となおコミュニケーションを成り立たせたいと願う根元的な衝動を「愛」と呼んでいる。

**

人間が自己の技能や知見の限界を超える契機は二つある。
一つは「限界を超えなければ、生き延びられない」という死活的なストレスをかけることによって。
もう一つは「限界を超えることは、愉しい」という身体的実感を知ることによって。




ある女友達の言葉
「いやー、久しぶりに彼氏ができて思い出しましたよ、『そうだった、男が家にいると自由に放屁も排便もできないんだ』と。」

(・д・)



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