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真木よう子のベストキャラ
こないだ木村拓哉が主演したドラマ『宮本武蔵』を観た。もちろん真木よう子のシーン以外は早送り。(中谷美紀の吉野太夫は良かった)

4月10日(木)からのTBS『MOZU』が楽しみ。真木よう子と西島秀俊。あの『ダブルフェイス』と同じチームが制作。

でも、真木よう子のベストキャラは『SP 警視庁警備部警護課第四係』での笹本絵里。
シニカルで意地悪で暴力的。職場でトロい男の頭を叩いてるときの彼女は最高だ。

(・∀・)サイコー!

SPの真木よう子





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企業や省庁への出向
(特に大手や外資の)法律事務所に勤務する弁*士が、1年間や2年間の期限付きで、企業や省庁に出向することがある。

これまで何人かの話を聞いたけど、かなりヒマらしい。残業もない。でも給料は年1,000万円。いいなぁ。
そして事務所によっては、例えば事務所での給与が2,200万円の場合は不足分の1,200万円が補填されることもある。(GYの事務所がそう)

いま、ナ*ミくんは金融庁に出向してて、S水くんは某コングロマリットに出向している。

また、もうすぐ、JKは商社Aに、MOは商社Bに出向する。
JKによるとやはり1,000万円くらいらしい。でも彼らが勤めている事務所は不足分を補填しない。
彼ら二人(29歳と30歳?)の現在の事務所での推定給料からすると半分以下になる(たぶん)。
もっとも、年間4000時間働いてきた彼らにとっては2000時間も自由時間が増えることになり、再来年、JKはH*rvardのL*Mに、MOはH*rvardのMBAにそれぞれ合格する予定なので、TOEFLやGMATの勉強時間が確保できるのは大きなメリット。

(ただ、JK曰く「いや、俺はH*rvardはちょっと難しいっす」と。「GPAいくつ?」「3.7っす」「すげw MOやネトリYTより上?」「そうっす。でも総長賞とった3.99みたいな怪物もいますし、おまけに俺は英語が苦手でTOEFL115点も取れないかもしれず、やっぱちょと難しいっす」と。)

あ、そういや、ヤマは今年Chic*go UのL*Mらしい。よく合格できたなぁ。



ヽ(・∀・)ノ 豊島が完勝!
将棋電王戦 第3局、豊島将之七段 vs YSS。夕方5時前に豊島が完勝。ふぅ。

さすがに次世代エース豊島(とよしま)クラスが負けちゃったらもう羽生世代か渡辺くらいしか勝負にならないので、この勝利には心底ほっとした。

(´ー`)

ところで、鶴竜が横綱となった。

3横綱が揃ってモンゴル出身ということに何も問題はない。また、鶴竜には横綱クラスの実力は十分ある。

しかし、ぼくは、鶴竜は(これまでの相撲スタイルのままならば)大関にとどまるべき力士だと考えている。なぜかというと、「寄り(押す)」ではなく「引く」で勝つことが多いからだ。はたき込みとか。つまり、楽をしすぎなのだ。

横綱は勝たなければならないが、勝てばいいというものではない。いかに勝つかを求められるのが横綱だ。

強く当たった後さっと引いてはたき込み、なんてことばかりしているような横綱は横綱ではない。

鶴竜もそのあたりは十分に分かっているはずだから、今後の変化に期待する。




1000人のおっぱい
1ヶ月で1000人のおっぱいを街中で揉み、伝説となったロシア男


(・∀・)イイ!!

【中目黒グルメ】2回以上行って、これからも行きたいお店まとめ

橘玲ウェブとはすなわち現実世界の未来図である

大西宏駄目な役員と上司が組織を蝕むという話

なぜ婚活パーティから男性が消えたのか

ポール・クルーグマン「アメリカ人が憤ってるのは妬みからじゃない,怒ってるんだ」

岩隈久志はなぜメジャーに適応できたか

日本ではスタミナをつけるためにランニングが重視される一方、アメリカの投手は一般的にあまり走らない。

海を渡った日本人投手の対処法として、まず考えられるのは自主的に走ることだ。ひとりで黙々と走れば、日本時代と同じように投げる体をつくることができる。

だが、岩隈は真逆の発想をした。メジャーの一流投手があまり走らない姿を見て、その理由を知ろうとしたのだ。当時の心情について、自著『感情をコントロールする技術』(ワニブックス)でこう語っている。

「僕とは、そもそもの体の違いや身体能力の差があるのはわかっていますが、同じ人間で、同じ野球人です。『いったい彼らは、ピッチャーとしてのスタミナ(持久力)をどうやってつけているのか』という好奇心が湧いてきました」

アメリカ式を取り入れてみると、なぜメジャーの投手が走らないのかがわかった。日本では中6日で先発機会が回ってきたが、アメリカでは中4日で投げるため、試合を重ねるうちに自然とスタミナがついていったのだ。

ランニングにあてていた練習時間で、ウエートトレーニングや肩のインナーマッスル、体幹を鍛えた。さらに、ゆっくりと休憩を取った。「中4日なので、早く回復させることを意識した」のだ。

そうした調整法がうまくはまり、フォーシームの威力がアップ。好奇心が好循環を呼び、メジャー屈指の活躍を見せることができた。


(・∀・)イイ



人を解雇すること
楠木建が「経営者を目指す人は絶対に読んでおかなくてはいけない本。僕はこれを読んで自分は経営者になれないと確信した」というハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』を読んでいる。
確かに「自分は絶対に経営者になれない」と確信させられる。
まあ旧ITTのような超巨大コングロマリットの経営者だからなぁ。

ちょっと長いけど、「人を解雇すること」は面白かったのでkindleハイライト。

人を解雇することは、おそらく会社のリーダーシップに課される最もきびしいテストである。だれが、なぜ、いつ、どんなふうに解雇されるかは、会社とそのマネジメントとリーダーシップの性格の核心につながる問題である。

組織に貢献していない人間、あるいは他の全員の努力を妨害している人間を取り除くのは、明らかにリーダー(工場長なりグループ副社長なり最高経営者なり)の責任である。

遺憾ながら、ただもう働きたがらない人間はどこの会社にもいる。怠惰なのか、気がふさいでいるのか、気に入らないことがあるのか、それともほかのことに気をとられているのか、理由はともあれ自分のなすべき仕事をせず、したがりもしない。
それからまた、特異な性格のために、上司や部下と円満にやっていけない人びともある。工場のアッセンブリー・ラインなどで、そうした人物は容易に見分けがつく。しかし、マネジャーの階層ではかなり見つけにくい。ではあるが、そうした人物の周囲の人びとはだれでも、彼(または彼女)がいかがわしい人間、あるいは食わせもの──ほかにも呼び方はいろいろあるだろうが──であることに気づいている。それでもたいてい、他の人びとはそのことを〝ボス〟には告げない。しかし、心の中ではその人物を監視し、審判している。そして、そういった種類の人物を見分け、なんとかするのはリーダーの責任である。そうした人物の弁解や、たくみなおしゃべりや、完全な嘘に気づくのは、かなり時間がかかるかもしれない。しかし、注意を怠らないリーダーならやがてそうした手がかりに気づき、事実を知ったら速やかに、断固として行動するだろう。そして彼はその時初めて、仲間の努力にただ乗りしていた人物を長いあいだ快く思っていなかった、勤勉で生産的な他の人びとすべての敬意を勝ち取るのだ。この意味で、人を解雇することもまた、マネジメントの建設的な役割のひとつだといえる。それは会社の空気を浄化し、環境を改善する。


人を解雇するのは、いつでも難しい仕事だ。それはビジネス・リーダーにとってひとつの正念場である。だれかを解雇するという問題に直面したリーダーは、そういう状況がもたらされたのはどこまで自分のせいかということを、ごまかさず、誠実に反省してみなくてはならない。彼を解雇するのは、会社がコスト削減の必要に迫られているからか? 経済全般の状況のせいか? それとも商況が悪く、市場での会社のシェアが落ちてきたためか? もしそういった理由だったら、それは彼の責任ではなく、リーダーの責任だ。リーダーには、人を解雇せずに経済の悪状況を乗り切れるだけの強さと、新製品の開発競争や市場の傾向の変化に取り残されない賢明さをそなえるように、会社を経営する責任がある。

あるいはまた、その人物が仕事に不手際をしたために解雇しようとしているのかもしれない。本人さえそのことは認めているとしよう。しかし、リーダーは自問しなくてはならない。──彼がヘマをしたのは、助けがなかったためではないか? 彼には助けを受ける権利があった。彼が一人でその仕事をやれないとしたら、リーダーはそれを見抜いて助けの手を差し伸べるべきではなかったか? 彼だけの過失ではないかもしれない。そういう意味で、またしてもリーダーは過失を犯したのかもしれない。あるいはまた、彼が失敗したのは、その仕事に、ほかのだれでも解決できない難点があったためではないのか? それとも不可抗力的な状況の犠牲になったのでは……?  
中でもとりわけ困難なリーダーの仕事は、勤勉だし自己の最善を尽くしてはいるのだが、能力より自信のほうが勝ちすぎている人物を解雇しようとする時である。その仕事は、彼には荷が勝ちすぎているのだ。彼の判断──というより判断力の欠如──は経営の全体に重大な危険をもたらしかねない。そうした人間に、きみは無能だと言い渡すのはやりきれない思いだ。そこでクビにするかわりに、昇給させ昇進させるということを一〇年も続けてきた。その結果として、それこそどうにもならない荷を彼に負わせることになったのは、もとはといえばそのリーダーの責任だ。

人を解雇するのに明快な公式というものはない。どんな方式を考案しても、かならず例外にぶつかるだろうし、例外があるのが当然だ。しかし、前記のようなケースをどう扱うかによって、彼がどんな種類のリーダーであるか、仲間からどれだけの尊敬を集め、またどれだけの尊敬を集めるにふさわしいかが決まり、そして究極的に彼が統率する会社の性格と個性もそれによって決定される。彼はそれらのケースに対処しなくてはならない。彼が定めた基準を達成するようにつとめ、おそらくはそうする能力あるいは熱意のない人間のおかげで余力の荷を担がされている人びとのために、邪魔を取り除いてやらなくてはならない。みんな、それを彼に期待しているのだ。

物理学では、どんな運動にも反動があることが知られている。最高経営者がある人間を解雇するなり昇進させるなり、また、その人物にとって有利または不利な、なんらかの処置をとると、社内の全体にわたって反応が起こる。反動は単にボスと、彼が対処している相手とのあいだにだけ起こるのではない。彼の処理の仕方の結果は、二人のあいだでの動と反動だけでは収まらない。それはラインに属する他の全員に余波を及ぼし、彼らはボスがやったことと、そのやり方に判定をくだし、それに基づいて反応する。

そういうわけで、彼は今挙げたような人びとを、全部解雇しなくてはならない。どんなに気が進まなかろうと、解雇するのがリーダーの義務だ。しかし、できるだけ紳士的に、本人にとって苦痛のすくないやり方をすることはできる。やる気はあるのだが荷が勝ちすぎているマネジャーには、本人の自信を打ち砕くことなく、もっと能力に適した再就職先を世話してやることもできよう。格下げして会社に残すことは、彼にとって(また会社にとっても)益より害のほうが大きいだろう。

最終的に、良いリーダーのやることは紳士的でなくてはならない。紳士的とはどういうことか、彼は知っていなくてはならない。ほかの者はみんな知っている。むろん、だれも自分のリーダーが、無知、不決断あるいは弱さから、無能を甘やかすことを望みはしない。弱いリーダーについていきたいとはだれも思わない。リーダーとして、弱いことは最低である。そんなリーダーの判断は頼りにできない。なぜなら、困難な状況にぶつかったら、どう変わるかもわからないからだ。困難で、不評判ですらある決断をすることを恐れない強いリーダーのほうがずっと多くの尊敬と忠誠を得られる。


ボートを漕がない人間を解雇するという、リーダーのきびしい役割について、最後にもう一言。
組織の中の他のみんなは、その人間のことをリーダーに告げ口しには来ない。しかし、いずれ、ほとんど本能的に、良いエグゼクティブは自分のために働いている人びとの長所とともに欠点にも気づくものだ。そして信頼できないとか、優柔不断だとか、我慢できないほど傲慢だとかいった欠点を持ったその人物に対するリーダーの反応は、ほとんどかならず、その人物と交渉のある人びとのそれと同じである。そしてリーダーがその人物に引導を渡してから初めて、他の人びとは彼についての意見を口にするようになる。彼らはみんな、いつになったらリーダーは真の状況に目覚めるのだろうかと心待ちにしていたのだ。







ゲシュタルトの祈り
某企業で幹部候補生向けに長期間のセミナーがあって、彼ら彼女らは様々な専門分野を学ぶことになるんだけど、その講師チーム(法律部門)にぼくを誘ってくれたのはT沢さん。

そのT沢さんとJTが友人だとfacebookで判明。めちゃ驚いた。で、飲もう!と。そしてぼくは厚かましくも「賢く美しい女性も呼んでくれれば幸甚」との要望を。そしたら本当に予想以上の賢美人JJさんが。ナイス!!
そのJJさんは、なんと『嫌われる勇気』の古賀史健氏と隣の席で仕事をしていたと。ひぃぃぃ。

ぼくは「『嫌われる勇気』の『課題の分離(「知ったこっちゃねぇ!」)』が凄く好き」と言ったら、T沢さんが以下の文章を教えてくれ、我が意を得たり!と。


フレデリック・S・パールズ(1893~1970)。ドイツの精神医学者。

<ゲシュタルトの祈り>

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

私は私。あなたはあなた。

でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。




狂言サイボーグ
映画『のぼうの城』の田楽踊りがあまりに素晴らしかったので、野村萬斎(47歳)『狂言サイボーグ』を読んでみた。最初の「序にかえて」が面白かった。

狂言師が生きていくために身につけるべき機能は「型」である。

狂言の教授法は、師匠が弟子と一対一で向かい合い、弟子に師匠の物真似をさせることから始まる。特に狂言は親子での「口伝(くでん)」による伝承が多い。物真似というのは、自分ではない人になるという意味で、演じるという行為の根源になる。他人という存在を借りて自己表現をするものだから、物真似芸が狂言に発達したともいえる。

弟子である子供が、声と身体を中心にして親の真似をすることで覚えていく行為は、動物が身を守ったり餌を取ったりすることを、親の真似をしてすべて覚えていくようなものである。子供の教育にとって個性の尊重が大切だとよく言われるが、私たち狂言師にとっての幼い頃の稽古は、個性の尊重などとは無縁である。「この辺りの者でござる」と師匠が言うと、弟子が繰り返して、一句一句つけていく。面と向かって、声を師匠である親からぶつけられ、それを自分の中で、ある感性を持って解釈し、それを再現して、親にぶつけ返すということを繰り返す。

コンピュータにたとえると、狂言の稽古とはプログラミングされることだ。この「プログラミング」という言葉がひとつのポイントとなる。子供の意思に拘らず、狂言師としての機能を身体にたくさん植え込んであげることが非常に大事なことなのである。そこには個性など存在しない。プログラマーたる師匠が、弟子が「誤作動」しないように何度も真似を繰り返させるだけである。

狂言には「カマエ」というものがある。「カマエ」とは「隙なく立つこと」だ。能舞台は装置を使わない裸舞台だから、お客さんの集中力に耐えうる緊張感を身体が持ち続けなければならない。このカマエも師匠が弟子に真似させて教えることになるのだが、人間は二の腕、腕(かいな)、胴回りとすべて寸法・比率が違うから、師匠が全体的なイメージでやってみせたものを弟子が解釈し、真似をして構える。それをまたイメージとして師匠が受けとめ、手一つ挙げたときでも、その手が下がっていれば下からたたく。上がり過ぎていれば上からたたく。たたいたり、そこの神経をさわることでだんだん神経を集中させて、型を植えつけていく。

こうして、時には痛みを伴いながら、少しずつ意識を行き渡らせることができるようになると、全身の回路をつないで機能させることができるようになる。ここまでくると狂言師としての「型」が身についたことになる。




確かにそうだなぁ…
ある女友達に訊いたことがある、「なぜモデルにならなかったのか」と。

「ふじぼうさん、私は171cmしかありません。最低175cmは絶対に必要なんですよ。私には才能がなかったんです」と彼女は笑った。

「え?背の低い女性でもモデルって大勢いてるやん?」

「ああ…。あのですね、それは雑誌やテレビのスチールモデルのことでしょ?『モデル』というのは本来はコレクションに出るショーモデルのことなんですよ」

「あー、なるほどー。でもそんなに美人でオーラまで備えてるのにもったいないねー」

「うーん、たとえばですね、ふじぼうさんが弁護士になれなかった場合、行政書士として生きていけますか?」

「な、なるほど…、たしかにそれは到底受け入れられない屈辱だ…」

「そういうことなんですよ。ふふふ」



人類2連敗
第三回将棋電王戦第2局、佐藤紳哉六段 vs やねうら王(ソフト)は、やねうら王の勝利。サトシン完敗。

来週土曜は実質的な大将豊島(とよしま)将之 vs YSS。

昨日と同じく、ぼくは自宅PCに午後4時から終局(午後8時から9時頃)まで張り付いて観戦するだろう。
そして、近い将来確実にタイトルを取るといわれる豊島が負けたら、たぶんぼくは3日間ほど仕事ができないだろう。

ヽ(・∀・)ノ



Ghost Whispers
攻殻機動隊 ARISE border:2 Ghost Whispers

アニメ史上の大傑作『GHOST IN THE SHELL』や『イノセンス』と比較しないなら、悪くは、ない、よね?







遠藤のCore i7
この春場所の2日目、遠藤は横綱日馬富士に土俵にたたきつけられた。



あの豪栄道のときほどは持ち上げられなかったけど、いい相撲だった。

遠藤の相撲は観ていて楽しい。勝っても負けても楽しい。

取り組みが終わって(いつも伏し目がちに)仕切線まで戻って来るあの短い時間に、遠藤のCore i7クラスのCPUがギュンギュン高速情報処理をしているのが分かる。

遠藤は強くなる。楽しみだ。

( ´ ▽ ` )



/鼻\
30代前半の女友達が「30歳を超えてから、ほうれい線が気になって気になって、ヒアルロン酸をしこたま注入したい!」と言った。

ぼくは「ほうれい線って何?」と。「ゴルゴ線です」。「(・∀・)??」

/鼻\

なるほどぉ、ゴルゴ線とはうまく言ったもんだ。

ほうれい線という言葉を聞いてから、女性をそういう視点でみると、確かにほうれい線があると老けて見えるんだなぁと感心しきりである。



午前3時の西麻布
GYはCol*mbiaのL*.Mを終え、NY Barに合格し、その後ワシントンD.C.での勤務を終了。
今後はブラジル勤務予定だったのがミャンマー勤務(たぶん年内一杯)に変更。

昨日、そのGYが一時帰国したので、S水くん、TO、JKと5人で赤坂、そして西麻布で午前3時まで飲んだ(MOは超運悪い急用で参加できず)。

GYはあれほど高額所得者で、おまけに独身のくせに、貯金がゼロ円。はぁ?
最初TOがWakiyaの15,000円コースを予約したら「予算オーバーです…」とのことで、別の店に変更したくらいだ。
なぜ貧困なのかというと、世界中を放浪する癖がいまだに抜けず、旅費にほとんどを遣ってると。ほんと様々な国や地域を旅行してて、恐るべきバイタリティ。

TOの息子さんとS水くんの娘さんは1歳くらいで本当に可愛いらしい。

なお、TOがシンガポールに移住する確率は95%。2~3年以内に実現予定。月1で帰国はするそうだが。

その他、書きたいことは山ほどあるけど、あまりに面白すぎて書けず残念である。



「将棋、そして羽生さん」
(18日に予約ウプしたつもりが19日になってた…)

現在、将棋のタイトル7つは3人が分け合っている。

名人:森内俊之
竜王:森内俊之
棋聖:羽生善治
王位:羽生善治
王座:羽生善治
王将:渡辺明
棋王:渡辺明

渡辺明『勝負心』には「将棋、そして羽生さん」のことが書かれている。

森内俊之『覆す力』には「将棋、そして羽生さん」のことが書かれている。

2冊を読んで、ぼくは「将棋ってほんと面白いなぁ、そして羽生ってほんとすごいなぁ」と。

森内の本には村山聖のことも書かれてて、嬉しかった。




名言
 
幸せをもたらすのは金ではない。たくさんの金である。

ロシアの諺




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