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“普通の人”がほとんど税金を払っていない日本
竹中平蔵の『経済ってそういうことだったのか会議』はとても面白かった。ちょうど今読んでるうちの一冊『構造改革の真実/竹中平蔵大臣日誌』も面白い。(ぼくと考え方が近いというのもある)

で、NewsPicks「竹中平蔵が今後10年の日本経済を語る」。これ、正論。

実は日本の社会保障と税というのは、2つの大きな欠陥を抱えているのです。税金の欠陥は、意外にも“普通の人”が所得税を払っていないことです。

通常、“普通の人”が払う所得税は税率10%以下です。では、この“普通の人”が占める比率は所得税全体の何割だと思いますか?

ちなみにイギリスは15%、ドイツ、アメリカは30~40%です。日本はなんと80%にもなるのです。つまり、ほとんどの人は税金を払っていない。高額所得者だけが高い税率を課せられ、所得税が空洞化しているのです。

普通の人にも所得税を払ってもらわないと税は成り立ちません。政治家はこれが言えないから、なんでもかんでも消費税と言っているわけです。この欠陥をどう補えるかが今後非常に重要なポイントになります。

社会保障にも重大な欠陥があります。日本の社会保障は、「自助」「共助」「公助」という定義の中で、圧倒的に「共助」の面が大きい。つまり、“保険”なのです。結果的に社会保障予算は、年金、医療、介護といずれも“保険”でやっているものばかりです。

一方で、日本は「公助」が実に少ない。税金でやらないといけないことを、この国はほとんどやっていないのです。

その典型が女性に対する補助です。産休のための所得保障、子育ての所得保障、一度家庭に入った人が職場復帰するときの職業訓練など重要な補助をほとんどやっていません。これでは、女性が輝く国にはなれません。


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「それは、これまでやってきたことと違うルールがここにはある、という混乱でした。」
(温尻 2010.11.1/桐野夏生『グロテスク』)


私も和恵も、高校から入学試験に合格して入学しました。ご存じのように、Q女子校は偏差値の高い難関校とされていますから、和恵もさぞかし区立中学では勉強ができたのでしょうね。和恵は小学校のときからQ女子校に目標をQ女子高に定め、そのために勉強に励んできたのだと言ってました。Q学園は初等部から大学までエスカレーター式に進学できます。初等部は男女共学でほんの八十人ほど。中等部からはその倍の生徒を入れます。高校からは男女別学となって、さらにその倍の生徒を取ります。Q学園は誰もが入れるわけではありません。だから、いつの間にか、生徒たちの心に選民意識が培養されていきます。その意識は、入学が早ければ早いほど、大きくなっていくのです。それが分かっているからこそ、お金持ちはこぞって自分の子供を初等部から入れたがると聞きました。祖父と暮らし始めた頃、わたしは憧れのQ女子高での高校生活を夢見て、あれこれと想像を膨らませていました。クラブ活動とか友達のこととか。ところが、現実は、わたしの夢などいとも簡単に砕くものだったのです。それは何かと言いますと、生徒間の差別でした。誰とでも友達になれるわけではなく、クラブ活動にも格付けがあり、主流と傍流がはっきりしている社会だったのです。そのおおもとになっているものは、選民意識でした。

入学式の日のことです。式場となっている講堂で、わたしは、唖然として立ち竦んでしまいまった生徒が大勢いたのを覚えています。高校一年の生徒がきれいにまっぷたつに分かれていたからです。内部からの生徒と外部からの生徒の差は一目瞭然でした。それは、制服のスカート丈の違いだったのです。わたしたち外部から受験して入った生徒は、規則通り、全員が膝小僧を隠すか隠さないかの丈。ところが、半分を占める初等部、中等部組は、皆が皆、太股を剥き出しにしたミニ丈だったのです。それも今流行っているような危ういほどの短さではなく、品の良い紺のハイソックスにぴったり合う程度の、ちょうどいい丈でした。長い細い脚に栗色の髪。耳許にきらっと光る小さな金のピアス。髪を飾るアクセサリーも持ち物もセンスがよくて、彼女たちはわたしが身近で見たこともないブランド品で装っていました。その垢抜けた様子に、新入生は圧倒されてしまったのです。Q女子高の制服を着たい一心で猛勉強をして入って来る生徒だっていたと思います。なのに、せっかく努力して入った学校で、これほど歴然とした差を目の当たりにしては、新入生は呆然としてしまいます。差というのは、ちょっとやそっとの時間では埋まらないものでした。差や裕福さのインフラといいますか、基盤が違うのだとしか言いようのないことだと思いました。じっくりと何代か経て貯められた豊饒さといいましょうか。長い時間をかけて遺伝子に組み込まれた美や裕福さなのです。付け焼き刃は通用しない世界でした。だから新入生はひと目でわかってしまうのです。長いスカート丈にショートカットにしたまっ黒な艶のない髪。いかにもガリ勉風に分厚い眼鏡を掛けた子も多くいました。無論、高い授業料が払えるのですから、それなりに裕福な家の子供が多かったのだとは思いますが、内部性と比べると、明らかに磨き方が違う。ひと言で言うのなら、外部生はださかったのです。「ださい」。Q女子高ではこの言葉が命運を分けていました。
「でも、ださいじゃん」
こう断定された生徒は、勉強ができても、スポーツができても、もう取り返せないのです。高校から入った外部の生徒は皆必死にださく見えないようにしよう、内部生に溶け込もうとしたのです。

入学式が始まりました。わたしたち外部から来た生徒が緊張しているのに比べ、下から上がって来た生徒たちは聞いている振りをしながら、ガムを噛んだり、小さな声で囁き合ったり、不真面目な様子なのです。その間、彼女たちはわたしたちの方を一瞥もしないです。逆に外部の生徒の方は、その様子を見て、次第に緊張が高まってきていました。これからの高校生活の困難を思ったのです。だんだんと顔色が沈んで暗くなっていました。それは、これまでやってきたことと違うルールがここにはある、という混乱でした。わたしの言ったことが、大げさだとお思いなのですね。それは間違っていらっしゃいます。女の子にとって、外見は他人をかなり圧倒できることなのですよ。どんなに頭が良かろうと、才能があろうと、そんなものは目に見えやしません。外見が優れている女の子には、頭脳や才能など絶対に敵いっこないのです。






松浦亜弥の歌唱力
「20代の女性歌手で一番上手い」、スガシカオや竹内まりやも絶賛する松浦亜弥の歌唱力

♪大地をはうような あなたのいびきも歯ぎしりも
もう暗闇に独りじゃないと 安心できて好き

世界との関わり方が変わる10冊

本当に面白い映画はコレだ!「超映画批評」で95点以上の26作品

ハフィントン・ポストの創業者アリアナ・ハフィントン:「iPhoneの充電器を寝室に持っていった時点で、あなたはもう経営者失格よ」「睡眠時間が少ない人との会話はつまらない。」

これは必聴!【第5弾】元CD屋がオススメする!スタバでかかっているBGM曲リスト(全10曲)

年齢階級別1人当たり医療費(平成22年度)(医療保険制度分)

30-34歳:10.3万円
65-69歳:44.5万円
85-89歳:98.7万円


日本人だけが英語ができないのはなぜ?/イェール大学流の「最短・英語学習法」とは

徹底的に発音の練習をすることでしょう。日本語って発音する音の数が少ないので、日本人はどの言語を習得するにしても苦労するんですが、結局これが一番大事です。(略)正確に発音できるようになると、聞き取れる音の数が格段に増えるので、一番効率がいい。


武井壮が語った「スポーツが短期間で上達するコツ」が説得力あり過ぎてスゴい/スランプは頭と身体の”ズレ”が原因
 
分かりやすい。まるでイチローが話しているかのよう。

pal-9999さん欧州サッカーのビジネス化、それに伴う格差の拡大の話

CLで勝つ方法は何か?
他のCL出場チームからエース引き抜く。終わり。
と書いてしまうと身も蓋もない訳ですが、この話はこれに尽きます。


「一番良質なフルートは、誰が使うべき?」 マイケル・サンデル教授が“正義”の話をするときに用いる質問とその回答

今後ECに何が起きるのか/絶対に押さえておきたい、ヤフー小澤隆生氏が語る「EC業界の未来予測」



ある大学でこんな授業があったという。
有名なコピペ。2回目。自戒とともに。

***

ある大学でこんな授業があったという。

「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」
教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。そして砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。

そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」
学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。

「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。

「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」

一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」

君たちの人生にとって“大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり、自分の夢であったり…。
ここで言う“大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう。



逸ノ城(21歳) 正真正銘の怪物
逸ノ城(いちのじょう)。

金曜の13日目終了時点で12勝1敗。

新入幕で、なんと大関2人(稀勢の里と豪栄道)に続いて横綱鶴竜をも撃破。

朝青龍がツイッターで「このガキ、横綱になるよ!」。

モンゴルでも遊牧民出身は初。

192cm、199kgであの運動神経。規格外の怪物。

入幕前から「最低でも大関」と言われたのは、武蔵丸(横綱)と把瑠都(大関)以来ではないか。

明日土曜、1敗同士で横綱白鵬との対戦(見逃してはいけないあるよ!)。
万が一勝ってしまえば100年振りの新入幕優勝まである。

まだまだ相撲は下手っぴぃだけど、とんでもないのが出てきた。もう楽しみでしょうがない。

(・∀・)

sportiva僕たちは永遠にD・ジーターを忘れない。

本拠地最終戦でサヨナラ安打かぁ。いい。

(・∀・)



「世界を合理的に考えようとする「意識」と、そのような「合理」に回収しきれない「無意識」の接触面」
(温尻 2010.7.2)

日本の小説家で最もまじめに小説のことを考えているのは保坂和志と高橋源一郎の二人だと思ってる。で、その高橋源一郎『ニッポンの小説/百年の孤独』を半年かけてようやく読み終わった。

フタバテイは、もちろん、レヴィ=ストロースの構造人類学も、ソシュールの言語学も、知りませんでした。だが、いま、彼の書いたものを読み返すと、彼が苦しんだのが、いわば「言語をめぐる三角関係」であったことがわかるのです。

フタバテイは、新しい表現のツールを求めていた「ニッポン近代文学」に、最良の武器を提供しました。「なにか」を表現したかった作家たちに、その「なにか」を表現することのできる言語を提供しました。

フタバテイのような作家は、どの時代にも現れます。つまり、その「なにか」を、「なにか」という状態のまま、凝視しようとする作家です。

では、フタバテイにとって、その「なにか」とはどういうものだったのでしょう。あるいは、フタバテイのような作家には、表現すべき「なにか」などなかったのでしょうか。

わたしの考えでは、フタバテイもまた、優れた作家の一人として、自分の内側に、表現すべき「なにか」を見つけようとしたのです。だが、フタバテイは、用心深く、すぐにその「なにか」に形や名前を与えようとはしませんでした。他の作家たちが、次々と、「なにか」を見つけ、勝利の雄叫びをあげている時も、フタバテイは、じっと黙って、その「なにか」を見つめていたのです。

フタバテイが、自らの内部を覗きこんで発見した「なにか」とは、「イヤ」の一言でした。どんな根拠も、理由もない、ただの「イヤ」でした。フタバテイは、そのことに気づいた時、困惑し、絶望したにちがいありません。どこまで掘り下げても、そこにあるのはたった一つの叫びだけだったのです。

その「イヤ」という一言は、比喩的にいうなら、世界を合理的に考えようとする「意識」と、そのような「合理」に回収しきれない「無意識」の接触面から、出てきたのではないでしょうか。

フタバテイ以外の作家たちも、みんな、「イヤ」を発生させていたはずです。だが、彼らは、それをたちまち、言語へと回収していったのです。フタバテイには、「イヤ」を言語へ、日本語に変換することができませんでした。


この部分の少し前の「ラスコーの洞窟」から読むと、もっと言うと最終章「エピローグ-補講」を読むと、フロイトとラカンの考えのかなりの部分があっさり分かってしまうだろう。

( ´ ▽ ` )

「回収」「変換」「着地」は、知性と勇気の欠如。






『バカが多いのには理由がある』
橘玲の最新刊『バカが多いのには理由がある』は、タイトルを変えたほうがいいよ…と思うけど、内容は例によって読んでおいて絶対に損はないレベルで、でも、こういうブリッヂライター的なことは誰かに任せて、はやく4作目の小説を書いて欲しいと思うですよ。

[Kindle版]




店で食べた飯が不味いと感じること
お店でご飯を食べる。不味いと感じる。その不味いと感じることを誤魔化しちゃだめ。もちろん店員にわざわざ「これ不味い!」と言う必要はないし、複数人で食べてる場合に「これ不味いねー」と言わなくてもいい。むしろ状況によっては「美味しいね」と嘘を言わなくてはいけないこともある。でも、そんなときでも自分が「不味い」と感じていることを「いや意外に美味しいとも言える」などと誤魔化しちゃだめ。不味いと感じると人生を損しちゃうからという理由などで誤魔化しちゃだめ。それをやっていると、本当に美味しいと感じるときの快楽が減る。自分の声が聞こえなくなってくる。何かが汚れる。
2回に1回は不味いかもしれない。あるいは10回のうち9回は不味いかもしれない。でもその不味さを誤魔化しちゃだめ。本当に美味しい1回の快楽がシャープなものじゃなくなる。「なんて美味いんだ!生きててよかった!」という快楽度合いが下がる。



「この主体は、他者の眼を内面化することによって、自分が自由な主体であると信じるようになる。」
中山元『フーコー入門』。面白い。さすが。


この「残酷さと学識に満ちた檻」は、規律社会においてさまざまな用途に役立てることができる。監獄において囚人の素行を改めさせるために、精神病院において狂人を見張るために、病院において患者を看護するために、学校において生徒を教育するために、工場において労働者を監視するために。

この装置は近代の資本主義社会の基本的なモデルとなった。この装置は、支配の対象となる者の身体の表面に注がれるまなざし(の可能性)によって、被支配者の精神と身体を拘束すること、そしてその道徳性を向上させ、生産性を向上させることを目的とする。これが、近代の新しい「政治解剖学」の基本原理である。
(略)
近代に登場した監獄、工場、兵舎、病院などの新しい施設で採用されていた戦略は、従順な身体を形成するとともに、個人の身体に注ぐ<眼>によって、道徳的な主体を形成させるものだったと考えることができる。この主体は、他者の眼を内面化することによって、自分が自由な主体であると信じるようになる。この身体と精神の双方に働きかける戦略は、魂という「柔らかい脳繊維」の上に「強固な帝国」を築くことによって、身体の叛乱を未然に防止することを目的とする身体の「政治解剖学」として結実する。


イメージとしては学校が最も分かりやすいんだけど、簡単に言うと、近代以降、大きな組織で監視・管理をするには、暴力などの外圧によってではなく、あなたは監視・管理されているというその眼差しを内面化させて、被監視者をして私は自らの意思でその監視規範を選択したのだと思わせるのが効率的であるということ。

(いわゆる「自己責任論」はそのように機能している)

こういうシステムは誰かが考案して誰もが意識的に導入しているのではなく、なんとなくそうなっているというもの。

フーコーは、こうやって、ぼくたちをからめとっているシステムを言語化してくれる。


[Kindle版]




社会権の既得権益化
1900年~1920年頃から世界各国で社会的・経済的な弱者を保護する制度が急速に整備された。
社会権の登場である。生存権(福祉/社会保障)や労働基本権。

100年が経ち、社会権は既得権益化した。

(・∀・)

福祉(と軍事)は「永遠に満たされない」ので、「弱者はいまだ十分に保護されていない」という主張は永遠に続く。「まだ足りない、まだまだ足りない」と。

(・∀・)

労働に関しては、共同体がほぼ崩壊した現代日本において、会社・役所が共同体の役割を担う。ゆえに弱者保護は会社内・役所内で実現される。

会社や役所で働く友人達からしょっちゅう聞かされる話は「使えない人たちを直ちに解雇して欲しい」ということ。

使えない人たちはたんに無益なのではなく有害である。多くのまともな人たちの勤労意欲を奪う。友人達は「月10万円払ってもいい(福祉)から、職場に来ないで欲しい。本当に邪魔だから」と。

解雇規制で保護される「弱者」は、使えない人たち。まともな人たちはどの会社でも役所でも必要なので、解雇規制とは無縁。必要だから雇われているのであって、解雇規制によって守られているのではない。
まともな人たちは「強者」ではないが、「弱者」保護(職場における生活保護)のための犠牲者となる。

日本では10年以内には会社や役所が組織内での弱者保護的役割を引き受けることは不可能になるだろう。



2007年のドンッ♪
サクラが咲いている この部屋から見えてる景色を全部
今 キミが感じた 世界と10秒取り替えてもらうより

ほんの一行でも構わないんだ
キミからの言葉が欲しいんだ
ウソでも信じ続けられるの
...好きだから ah ah ah ah

恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう?
星の夜 願い込めて
指先で送るキミヘのメッセージ

甘くなる果実がいいの
何気ない会話から育てたい ah ah ah ah
恋のはじまり
胸がキュソとせまくなる
いつまでも待っているから
春の冷たい夜風にあずけてメッセージ

(・д・)

可愛い曲。まあ恋なんて千年くらいしてないけど。

はい、YUI 『CHE.R.RY』ですね。正解。

歌詞/作詞・作曲:YUI



以前も貼ったけど、YUIとスガシカオとの『夜空ノムコウ』がいいのよねぇ。YUIの声が痺れる。




「ネットは階級を固定する道具です。」

ネットは階級を固定する道具です。「階級」という言葉が強すぎるなら、あなたの「所属」と言ってもいい。世代、会社、趣味……なんでもいいですが、ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディアがネットです。

グーグル検索のカスタマイズは、すでにかなり進化しています。あなたがなにか調べ物をするとき、「○○さんだったらこんなことを知りたいだろう」とまえもって予備検索をしてくれる。この技術は今後ますます進むでしょう。自由に検索をしているつもりでも、じつはすべてグーグルが取捨選択した枠組みのなか。ネットを触っているかぎり、他者の規定した世界でしかものを考えられない。そういう世界になりつつあります。

とはいえ、ぼくたちはもうネットから離れられない。だとすれば、その統制から逸脱する方法はただひとつ。

グーグルが予測できない言葉で検索することです。

ではそのためにはどうすればよいか。本書の答えはシンプルです。場所を変える。それだけです。


東浩紀の最新刊『弱いつながり/検索ワードを探す旅』の冒頭。
さくっと読める本。

同著者なら、『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』と『動物化するポストモダン/オタクから見た日本社会』の方が面白いとは思うけれど、哲学書は苦手という人にとっては読みやすい本。

[Kindle版]




<上野千鶴子と現役東大女子>
上野先生、東大女子は幸せですか?/力尽きるまで、働くしかできない女たち

「女嫌いの女」は、幸せになれますか?

女が人前で言ってはいけないとされること――たとえば生理やマスターベーションの話を口に出して聞いてもらえる相手がいた、女の経験をコトバにして、分かち合ったということ――その積み重ねが女性運動なのです。

今のあなたには、そんなニーズがないのかもしれない。だけど、「あなたもそうだったの」「実は私もなの」という発見や女同士の分かち合いの場が必要になるときが、いつか必ず来ます。そして、それができたとき、敵だと思っていた女の子が、味方だと感じられると思います。


人生の優先順位、どうつければいいですか?

私はね、モチベーションって、たったひとつだと思ってるの。幸せになりたい――。それでいいと思うの。

ちなみに、私はね、優等生だったの。デキがいい子だったの。あなたもそうだと思うけど、優等生ってね、とっても困った性格があってね。何をやっても、総じて、パフォーマンスレベルが高いんだよね。好きなことのパフォーマンスレベルも高いのだけど、好きじゃないことも、一定程度のレベルはクリアしちゃう。先生とか、親にやれと言われたらね。

すると、何が起こるか? 自分が好きなことと好きじゃないことの、見分けががつかなくなっちゃうのよね。困ったもんだよ。




弁*士からの離脱者がますます増加
ロースクール(法科大学院)の志願者数/受験者数の推移

2004年 72800人/40810人
2013年 13924人/12389人

昔に比べればすんごい合格しやすい試験になっているにもかかわらず、激減。
激減してますます合格しやすくなっているのにもかかわらず、歯止めがかからない。

この業界にどれほど未来がないのかを物語っている。

パイ(マーケット)がどんどん縮小しているにもかかわらず、食べる人(弁*士)が増えてしまったんだから当然なんだけど。

(・∀・)

以前、「弁*士が法律事務所を辞めてどんどん企業に転職している」と書いたけど、それは現在も変わらず、今でも同業者に会うと必ず同じ話を聞く。ある大手事務所でも大勢(特に女性)が企業に転職したそうだ。
(おまけに、先日ある企業に打ち合わせに行ったとき、そこにもインハウスの女性がいた)

たとえ給料が下がっても企業(の法務部)に転職する理由は何だろう。
1.長時間労働・過大なストレスから逃れるため。
2.不安定さ・未来の不安を解消するため。
3.(大手事務所で)出世競争に敗れたため。
4.企業で優秀な人とだけ仕事がしたいため(※一般民事や刑事ではヘンな人が大勢いる)

まあ、人それぞれなんだろうけど、えーと、どうでもいいや。

(・∀・`)


「最大の課題は、土地の相続優遇をなくすこと」
日経ビジネスonline『21世紀の資本論』って何が新しいの?(飯田泰之)

これ、面白い。

(あ、なるほど、飯田泰之って岩田規久男と『ゼミナール 経済政策入門』を書いてる経済学者なのかぁ。リフレ派ね。『経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える』は面白そう)


<最大の課題は、土地の相続優遇をなくすこと>

では、いざ「日本において格差とは何なのか」といったときには、米国のそれとは意味が全然違うという点に注意が必要です。
1%と99%、つまりはスーパー大金持ちと一般庶民の格差はあるのですが、少なくとも現在の第一の問題ではない。

社会を分断しかねないような大きな格差というのは、むしろ都市部出身か、または親が自己所有の住宅を持っているかという格差だと思いますね。
これを是正するためには、相続における土地の優遇をやめること、または大幅に縮小すること。相続税です。改正の方向ですが、まだまだ緩い。

資本課税の方式は、資産税方式と相続税方式があります。基本的にどっちかを高くするんですよ。毎年毎年資産に課税するか、死んだとき資産に課税するか。
僕はどっちでもいいと思っているんですけれど、ビジネスのやりやすさという観点でいったら、相続税の方がいいんじゃないと。毎度毎度工場に課税されていたらたまらないので。ちなみに日本は事業用資産に固定資産税を課しちゃってますけどね。


<日本ではキャピタルフライトは起こらない>

海外流出は、実は日本人はほとんどしないと思います。なぜならば、日本の金持ちって、まず医者と弁護士なんです。そして地場産業の経営者。

―― 超ドメスティックということですね。

そう、海外に出てその能力を発揮して稼ぐ、ということがなかなか厳しい。医師免許は国際免許も取れるけれど、挑戦する人がどれくらいいるか。弁護士、地場産業はまあ、いわずもがなです。

海外に出て行くのは超富裕層に何十%も課税した場合です。20%の相続税を、つまりは1000万、2000万節約するために国を捨てるというのは日本では考えづらいですね。


相続税についてはもっとガツンといこうよ。最低限の控除以外は一律100%でいい。もってけドロボー!
相続税って二重課税・三重課税なので、そもそもマトモじゃないんだけど、生きてる人より死んでる人から取ればいいじゃん、と。
(まあ税率100%にしても賢い人たちはうまく資産移動させちゃうので、賢くない人たちだけが収奪されることになるんだけど)

あと、えーと、(・д・)つ弁護士の所得『半分が800万円以下』。
日本の医者全員の合計資産、地場産業経営者全員の合計資産に比べたら、弁護士全員の合計資産なんて1/1000くらいでは?
まず、人数が違う。医者は弁護士の10倍くらい、経営者は100倍くらい存在する。
そして、個別保有資産が違う。医者と経営者は「何代も続ける」ことが可能だけど、弁護士は無理。たしかに新司法試験制度でそれが可能になったかもしれないけど、少なくともこれまで蓄積された富の量は比べもんにならないくらい違う。残念ながら。



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