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竜王戦

羽生が渡辺に力の差を見せつけている展開ですが、第一局や第三局の内容を見るかぎり、羽生としては渡辺に将棋の可能性の広さを示しているだけかもしれません。そして、「こっちの世界に来い!」と。

>MHさん

絶好調の羽生と渡辺ではまだ差があるんですかねぇ。。。
魔太郎はこれぐらいで終わる器ではないと思ってるんですが。。。
この対局で恐怖というものを知って、魔太郎には羽生世代を崩壊させるぐらいの高みに到達してほしいと思います。

しかし、ぼくたちは本当に幸せな時代に生きていると思います。
  • 2008-11-18
  • 投稿者 : ふじぼう
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羽生 21世紀の将棋

羽生 21世紀の将棋
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芸術論/羽生 21世紀の将棋 最善手
右カラム推奨本に『羽生/「最善手」を見つけ出す思考法』(文庫)があって、これは保坂和志の芸術論である。

保坂公式ホームページにはこう書いている。

『羽生/21世紀の将棋』を「保坂和志の代表作だ」と言う人もいる。なぜなら、この本は「羽生善治」という棋士を論じる形を借りた芸術論だからだ。



“最善手”が本当にあるのだとしたら、棋士に指し手を選ぶ自由はない。その最もわかりやすい例は詰め将棋で、詰め将棋は“最善手”だけで構成されている。詰め将棋には指し手を選ぶ自由はない。
しかしここで転換が起こる。
詰め将棋を考えているとき、下手な人の駒の動きは不自由に見え、上手な人の駒の動きの方が自由に見えるのだ。下手な人の駒の動きは“最善手”から外れた“自由”な手を指すために不自由に映る。それに対して、上手な人の駒の動きは“最善手”のとおり指すために自由に映る。

「自由」とは「主体性」と考えられがちだけれど、本当は違うんじゃないか。むしろ、局面に潜んでいる指し手の法則に身を任せるときに自由が訪れるのではないか。
(この「自由」と「拘束」――ないし「自由」と「法則」――の関係は、『世界を肯定する哲学』でも繰り返され、いまだに完全な形は与えられていない……。)



『将棋世界』編集長の大崎善生から、こんなことを訊かれた。
「保坂さん、小説書いてて詰まったらどうする?」
「それまで書いたところを読み直す」
「羽生も同じことを言ったんだよ。指し手に詰まったら、それまでの指し手を何度も辿り直すんだって。それまでの指し手の流れに一番素直な手が、一番いい手のはずだって言うんだよ」

羽生は、いわば「主体」を放棄して「法則」についている。これはもう小説や音楽や絵画とまったく同じことで、作品というのは作者の当初の意図を離れて、その作品固有の法則や運動を持ちはじめる。そのとき、作者の「主体性」なんか関係ない。


同意だ。

ものすごくきれいな夕陽をみたときに感じるあのうまく言葉にできない感覚は、じぶんのなかに生まれるんだけど、でも自分のものじゃなくて、どこかから降ってくる。


『羽生/「最善手」を見つけ出す思考法』の「序」にはこう書いてある。

羽生のいきついた将棋観を要約すると次のようになる。

人は将棋を指しているのではなくて、将棋に指されている。一局の将棋とは、その将棋がある時点から持った運動や法則の実現として存在するものであって、棋士の工夫とはそういった運動や法則を素直に実現させるものでなければならないし、そのような指し方に近い指し方のできた者が勝つはずだ。

将棋とは、個人の欲望や執念の産物でもなければ、個人の人生の比喩でもない。将棋というゲームの奥行き、広がりは、個人の人生よりもはるかに大きい。

したがって、棋士は棋風という個人のスタイルを持つのではなくて、スタイルを乗り越えて、持てるものすべてを投入して、将棋の法則を見つけ出そうとする必要がある。

将棋を徹底的に奥行きと広がりのあるものと考え、それに近づくように指すことが将棋を豊かにする指し方で、それをつづけてはじめて将棋というゲームの持つ法則が、人間に見えてくる。


ある棋士が「羽生さんって、対局でこっちがヘボな手を指すと、いやな顔をするんですよ」と書いていたが、そんな棋士は羽生と佐藤と森内と谷川ぐらいしかいないんじゃないだろうか。

もうとにかく、神に感謝したくなる本である。


それにしても、今日のNHK将棋、谷川の真骨頂をみた。
ほんとうに美しい将棋だった。


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羽生が渡辺に力の差を見せつけている展開ですが、第一局や第三局の内容を見るかぎり、羽生としては渡辺に将棋の可能性の広さを示しているだけかもしれません。そして、「こっちの世界に来い!」と。

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絶好調の羽生と渡辺ではまだ差があるんですかねぇ。。。
魔太郎はこれぐらいで終わる器ではないと思ってるんですが。。。
この対局で恐怖というものを知って、魔太郎には羽生世代を崩壊させるぐらいの高みに到達してほしいと思います。

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